アナスタシア伝説とは?皇女になりたかったアンナ・アンダーソン

小説、アニメ、ゲームにまで登場する「アナスタシア」って?

 

画像引用元:https://d-game-flawless.com/game/fgo_13/

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メグ・ライアンがアナスタシアの声を担当している等、豪華な声優キャスティングのアメリカのアニメ。

 

私がアナスタシア伝説について知ることになったキッカケは、某小説を読んでいる時で、かなり前だったのですが

ロシアの歴史について勉強しているうちにまた思い出したので記事にしたいと思います。

 

その某小説で登場するおばあさんが『「自分はアナスタシアだ」とか何とか言っていた』、みたいな一説があって

「何?アナスタシアって?」と思って調べた時に、アナスタシア伝説について知ることになったのでした。

 

最後のロシア皇帝ニコライ2世の第四皇女のアナスタシア

 

Wikiより。アナスタシア・ニコラエヴナ(Анастасия Николаевна Романова)。

最後のロシア皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第四皇女。ロシア大公女。1917年の二月革命で成立した臨時政府によって家族とともに監禁された。翌1918年7月17日にエカテリンブルクのイパチェフ館においてヤコフ・ユロフスキーが指揮する銃殺隊によって超法規的殺害(裁判手続きを踏まない殺人)が実行され、家族・従者とともに17歳で銃殺された。2000年にロシア正教会によって新致命者として列聖された。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/アナスタシア・ニコラエヴナ

画像引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アナスタシア・ニコラエヴナ

 

ニコライ二世一家。

画像引用:https://pipocamoderna.com.br/2017/03/criador-de-mad-men-fara-serie-sobre-descendentes-da-familia-real-russa-assassinada-ha-100-anos/

 

アナスタシア伝説が生まれた経緯

 

当時は第一世界大戦で国内は長引く戦時生活で疲弊しており、食料も十分ではなくデモが行われたとか。

そんな中、皇室に関して悪い噂が世間を駆け巡っており、人々の反感を買っていたと言われています。

二月革命により、ロマノフ朝による帝政が崩壊し、ニコライ2世一家は地下室で銃殺されました。

 

引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/Russian_Revolution

 

しかし、「幼い子供まで銃殺」という情報は当時隠され、さらに遺骨の場所が分からなかったことから「アナスタシア伝説」が生まれました。

 

ロマノフ家の詐称者は200人以上いた?!アンナ・アンダーソンとは?

 

一家殺害後に出現したロマノフ家の詐称者(英語版)は全員合わせて200人以上もいたと言われている。

 

共通しているのがエカテリンブルクの殺害実行者の中に、皇帝一家に同情する人物が一人もしくは複数混じっていて密かに家族の何人かを逃したという出だしから物語が始まっているという点である。

 

この中で最も知られているアンナ・アンダーソンは1920年2月18日にドイツ国のベルリンで自殺しようとしていたところを発見された。

 

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アナスタシア・ニコラエヴナ

どんだけ詐称者いるんだよw っていう・・・

ロシア皇族の血を引く人はロシアではひっそりと生活していると聞くが、海外ではロシア人が「私は皇族の血を引いています」というのをよく聞く(怪しいでしょ)。直系じゃなかったらいっぱいいるんだろうけど。。

 

その中で一番信ぴょう性が高いとされていたのが、アンナ・アンダーソンという女性で、彼女は自分が「アナスタシアだ」と自称していたという。

アンナ・アンダーソン。

画像引用:https://ru.wikipedia.org/wiki/Анна_Андерсон

 

・・・しかし、、アナスタシアが成長したらアンナ・アンダーソンみたいになると思えないんですが?あんまり似てないような。。

 

何故信じる人がいたのか??ツッコミどころ満載のアンナ・アンダーソン

 

彼女は記憶喪失であったとのこと。

1920年にドイツのベルリンで、記憶喪失の自殺未遂者として精神病院に収容されたアンダーソンは、自分はロシアから処刑を逃れ脱走してきたアナスタシアであると周囲に説いた。

最初に周囲が勝手にアナスタシアではないかと騒ぎ、やがて記憶を失っていた本人も「アナスタシアだったことを思い出した」のであり、意図的な詐称というより、一種の虚偽記憶(もしくは嘘を繰り返しているうちに、自分自身が真実と信じ込んでしまった)と思われる。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アンナ・アンダーソン

 

↓私の中のイメージ図w

 

いや、ポジティブ過ぎるだろ、アンナ・アンダーソン (;^ω^)ノ w

人間には自分に都合のいいように解釈する力がある程度備わっているのだろう・・・と私も30年ほど生きてきて感じてはいるがw

 

彼女には、赤の他人を説得する天性の才能があり、耳の形や足の異常形態などアナスタシアと酷似する身体的特徴もあった。さらに、旧皇室に関わった者しか知り得なかった子細な事柄についての知識があったことから、ロマノフ家に連なる旧ロシア貴族の一部を含む、多くの支持者を得た。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アンナ・アンダーソン

・・・ちょっ・・・(;^ω^)ノ

赤の他人を説得する天性の才能ってw

申し訳ないけど「記憶喪失の自殺未遂者として精神病院に収容された」の件で説得性が半減してるけど、それを上回るトーク力があったということ??ある意味凄い。。

 

ついには、1920年代にドイツでロシア帝室の莫大な遺産をめぐる訴訟を起こすが、ロシア語が話せない、苦手であったはずのドイツ語を話す、記憶が肝心なところであやふやになる、顔が明らかに違うなど多くの疑問点が生じた(但しこれらの疑問点にも反論の余地があるとされている)。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アンナ・アンダーソン

・・・ちょっ・・・(;^ω^)ノ

お金ほしかっただけなのでは・・・?と思ってしまった私。

アンナ・アンダーソン、記憶喪失の自殺未遂者とは思えないメンタルの強さw

ロシア語話せない時点で皇女ではないと気づいてほしいところ。

 

結局、アンナ・アンダーソンの正体はポーランドの農家の娘だった

 

アンナ・アンダーソン事件はDNA鑑定をするまで大きくなっていったらしく、

ロマノフ家の一員である者とのDNA鑑定が行われたらしいが、一致せず。

 

アンダーソンの正体はポーランド人農家の娘フランツィスカ・シャンツコフスカ(Franziska Schanzkowska、1896年12月16日生 – 1920年3月失踪)である可能性が少なくとも99.7%である、と学術誌『ネイチャージェネティクス(Nature Genetics)』に発表された 。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アンナ・アンダーソン

99.7%の可能性って凄くないですか?

ほぼ決まりなような。。

 

ヨーロッパ社交界デビューしていたアンナ・アンダーソン

 

アナスタシアを名乗る偽者は、1920-30年代に少なくとも30人が確認されているが、その中でこれほどの支持を集めたのは、アンダーソン一人だけで、彼女の類稀なる才能のおかげといえる。

1920年代にはヨーロッパ社交界の華となり、ハリウッドで2度も映画化され、少なくとも3本のTVドキュメンタリーが作られ、ニクソン大統領の就任式にも呼ばれた。

これほど彼女が成功した間接的な理由は、ロマノフ一族全員の殺害命令を下したレーニンが、ニコライ2世一家処刑後に、「ニコライ2世は処刑されたが、家族は安全な場所にいる」という嘘の公式発表をしたことや、ソヴィエト政権がアナスタシアを含むロマノフ一族を処刑した事実を、ソ連崩壊まで隠蔽し続けたことによる。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アンナ・アンダーソン

・・・ちょっ・・・(;^ω^)ノ

自称「ロシア皇女アナスタシア」でここまでいくとは凄いですね。

図々しいというか、どこまでアナスタシアにあやかってるんだ!と言いたくなる。。w

(すいません、あくまで私の個人的ツッコミです。)

 

皇女アナスタシアの遺骨が発見され収束

遺骨の数が足りなかった

遺骨の事実は共産主義体制下では隠されていたが、実は発掘されていた遺骨は9体のみで2人の遺骨が欠落していたため、アナスタシア伝説は長引くこととなりました。

 

2007年に残る2体の遺骨が発見された

2007年に残る2体の遺骨が発見されました。アメリカの遺伝子研究所の検査で遺骨はアナスタシアの姉マリアと弟アレクセイのものとし、確認されていた9体の中にアナスタシアの遺骨があったと推定されました。

一方、ロシア側は2007年に見つかった遺骨はマリアのものではなく、アナスタシアのものだと推定しています。

ロシアとアメリカの専門チームがこの11体の遺骨を調べたものの意見が割れるところがあり、DNA鑑定は難航していたとみられます。

硫酸が遺骨にかけられていたことや当時、銃殺に携わった者たちは精神状態が不安定になり酒を飲んで遂行していた為、当時の記憶や記録などがあまり残っていない等の背景もあったそう。

いずれにしても遺骨が11体見つかり、誰が誰だとはっきり断定できないものの、一家のDNAというのはロシアとアメリカ側でも一致しているらしいのでアナスタシア伝説はようやく収束したのでした。

 

アンナ・アンダーソンは1984年に亡くなっていて、アンダーソンのDNA鑑定も死後10年経って行われた為、死ぬまで「自分はアナスタシアだ」と言い続けていたのだろう。。

そして自分自身でもそう信じて亡くなったのだろうと思うと、壮大な思いこみ人生で「アナスタシア」として生きたと言っても過言ではないですよね。。

 

 

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